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点字こうめい

特別寄稿

点字こうめい 86号

未来はかなえるものへ

日本科学未来館館長、IBMフェロー 浅川智恵子
日本科学未来館館長、IBMフェロー 浅川智恵子

日本科学未来館館長、IBMフェロー 浅川智恵子

 中学生の頃に失明した私は、「自分には何ができるのか」を常に問いかけ挑戦してきた、そんな半生だったように思います。将来に対して大きな不安を抱えてはいましたが、目が見えなくても新しい可能性にチャレンジしたいと子どもながらに思っていました。

 大学時代、視覚障がい者でもコンピューターを使った仕事に就けるという話を聞き、視覚障がい者のための情報処理専門学校に進学し、コンピュータープログラミングを学びました。その後、紆余曲折を経て、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社し、東京基礎研究所で研究開発の第一歩を歩みだすことになりました。入社後、最初に取り組んだのはデジタル点字技術です。点字編集システムの開発に加えて、点訳されたデータをタイムリーに共有するためのネットワークシステムも開発しました。当時はまだインターネットも存在しておらず、ファイルの送受信には大変な時間がかかりました。それでも開発したシステムが受け入れられ、使われるようになったことは大変な喜びでした。その後、全国の点字図書館において使用されるようになり、現在も稼働しているインターネットデジタル図書館の礎<いしずえ>を築くことができたことは私たちの誇りです。

 1990年代にインターネットが発明されたことは、新たな可能性を広げるきっかけでした。当時、研究所でインターネットにアクセスした時の衝撃を忘れることはできません。さまざまな情報に自分の力でアクセスできるのです。この時、すべての視覚障がい者にWEBという素晴らしい情報源を届けたいと強く感じました。これが、1997年に製品化された世界で初めての実用的な音声ブラウザとして結実しました。

 私は現在、新たな挑戦の真っただ中です。インターネットのアクセシビリティから、リアルワールドのアクセシビリティ、つまり視覚障がい者の「移動」に関する新たな技術の開発に取り組んでいます。仕事の都合で一人で海外出張に行く機会が多かった私は、ある時スーツケースが障害物や段差を確認するためのツールとして使えることに気付きました。「もしスーツケースにロボット機能が搭載されれば、自動的に目的地に連れて行ってくれるのではないか」という発想から、「AIスーツケース」の開発が始まりました。通常のスーツケースにコンピューターやセンサーなどを搭載することで、周囲の障害物や人の動きを判断し、安全に目的地まで誘導してくれるロボットです。2019年12月には複数の企業でAIスーツケースの開発や社会実装に取り組むコンソーシアムを立ち上げました。21年4月から東京・お台場の日本科学未来館の館長を兼務したことをきっかけに、視覚障がいのある来館者の利用をめざして、展示フロアなどでも実証試験を重ねています。今年の初めには、東京都などの協力のもと、初めて屋外での実証試験も行いました。

 これらの実証試験では、たくさんの視覚障がい者の方に実際にAIスーツケースを使用してもらい、そのデータを利用するとともに、改善点のヒアリングなどを重ねています。「失明して初めて自信を持って歩けると感じた」「家に持って帰りたい」などのうれしい言葉をいただく一方で、実際に使ったからこその改善提案をいただいています。このフィードバックが開発には非常に重要です。私は常々、発明と社会実装は分けることができない、車の両輪だと思っています。開発したものは社会で実際に使われなければならない。多くの人々の理解と支援が必要です。

 日本科学未来館の館長に就任した際、私は未来館を「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォームにする」というビジョンを掲げました。多様な方が集まり、最先端の科学技術を活用して、一人一人の思い描く未来をかなえる、そんな場です。「AIスーツケース」をはじめとした未来を作り出すたくさんの科学技術を体験し、その科学技術が社会に実装されるプロセスにぜひ参加していただきたいと願っています。

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