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点字翻訳機を活用し会議する障がいのある社員と健常者=「点字こうめい」87号(株式会社ミライロ提供)

特集

点字こうめい 87号

働く視覚障がい者を支える企業の努力

〝やりがいある職場〟めざして

 厚生労働省のまとめによると、全国で約30万人いる視覚障がい者のうち、約1万4000人が民間企業で働いています。かつて、視覚障がい者の主な就職先は、あん摩マッサージや鍼、灸の、いわゆる「三療業」が代表的な働き口でした。しかし近年、社会の情報通信技術(IT化)が進み、パソコンやスマートフォンで文章を読み上げる機能など、サポートツールが向上。その結果、パソコンを使うオフィス事務や教員、中には弁護士、医師として働く視覚障がい者も少しずつ増えています。さらに、コンピューターに指示を出すプログラミングに関する仕事も、健常者とともに働ける分野の一つとして注目が集まっています。

 総務省は2017年度に、特別支援学校や筑波技術大学の児童生徒、学生に対し、視覚障がい者に対するプログラミング教育の普及促進をめざした実証実験を行いました。こうした取り組みから近い将来、視覚障がい者ができる仕事の幅や環境は、さらに大きく変化していくことが見込まれます。そこで今回は、社会で健常者とともに働く視覚障がい者と、彼らを支える企業の取り組みや課題を探りました。

誰もが主体者となる環境づくりに

株式会社ミライロでは障がいのある社員と健常者とが互いに支え合う=「点字こうめい」87号(株式会社ミライロ提供)
株式会社ミライロでは障がいのある社員と健常者とが互いに支え合う=「点字こうめい」87号(株式会社ミライロ提供)

 大阪市に本社を置く株式会社ミライロでは、視覚障がい者のみならず、聴覚障がい者、身体障がい者などが健常者とともに数多く働いています。同社では、障がいの捉え方を変えることで、強みや価値に変えることができる「バリアバリュー」を企業理念に掲げています。

 主な事業として、各企業に対する「ユニバーサルマナー検定」を実施。ユニバーサルマナーとは、障がいの有無や性別、人種など、多様な人と向き合うことを指し、必要な「マインド(考え方)」と「アクション(行動)」を学び、身につけるのが同検定です。また、障がいのある当事者が監修し、「自分とは違う誰かの視点」に立ち、行動するためのコミュニケーションやサポート方法を学べる研修を行ったり、障がいのある人らが自ら講師となって、建物内のバリアフリー環境について企業や団体に向けてアドバイスしたりしています。社長を務める垣内俊哉さん自身も、車いすで生活する障がい者の立場から研修の講師を務めています。

 社員として働く30代の視覚障がいのある男性も、垣内社長と同様、講師として活躍しています。この男性は仕事のやりがいについて、「当事者として実生活で感じたこと、気が付いた『価値』を提供できたときに、とてもやりがいを感じる」と話します。聴覚障がいのある40代の女性は、「社員一人一人が障がいの状況を理解し、互いを支えている職場環境が、とても働きやすい」と述べています。

株式会社ミライロでユニバーサルマナーの講師を担当する全盲の男性。点字翻訳機で仕事をこなす=「点字こうめい」87号(株式会社ミライロ提供)
株式会社ミライロでユニバーサルマナーの講師を担当する全盲の男性。点字翻訳機で仕事をこなす=「点字こうめい」87号(株式会社ミライロ提供)

 ミライロでは業務の効率化をめざし、会社に通勤しなくても自宅で働くことができるリモートワークを実施。障がいのある人が働く上で懸念する「通勤」も各個人に合わせて配慮しており、働きやすい職場環境の整備にも力を入れています。また、社内でのコミュニケーションもチャットツールを活用し、全社員が円滑にコミュニケーションできる仕組みとなっています。

 同社の広報担当者は、建物内のバリアフリーといったインフラ整備とともに、社員一人一人の理解が、障がいの有無や性別、人種などの違いを認め合い、人権と尊厳を大切にする「インクルーシブ社会」の実現に必要だとした上で、「各企業は、障がいのある人それぞれに合った働き方を提案することで、健常者も障がいのある人も職場で主体者になれる。そのためには、社会全体が障がい者に限らず、全ての人々に寄り添い、各個人に合ったきめ細かい支援方法が重要ではないか」と訴えています。

障がい者雇用の現状と課題

 各企業での障がい者の雇用促進に向け、厚労省は今年1月、障害者雇用促進法に基づき、企業に義務付けられている障がい者の雇用割合(法定雇用率)を、2026年7月までに現在の2.3%から2.7%へと、段階的に引き上げる方針を固めました。今回の引き上げ幅は現行の仕組みになってから最大となります。また、国や地方自治体などにも定められている障がい者の法定雇用率も、引き上げられます。

 一方で、障がい者を雇用する環境やその企業への支援には課題もあります。法定雇用率の条件を満たすため、障がい者の雇用促進と安定を図るのを目的に、特別の配慮を行う子会社「特例子会社」制度を設けている企業もあります。ただ、ミライロの広報担当者によると、特例子会社制度は障がい者の雇用促進につながるものの、障がい者は特例子会社のみに採用される場合が多いと言います。そのため「障がいのある人が本社や現場などの健常者が多い職場環境で採用されにくく、本当の意味での障がい者の理解につながりにくい」と指摘しています。

 このほか法律に基づいて企業は、毎年6月1日現在の高齢者や障がい者の雇用に関する報告書を国に提出していますが、報告書の作成には、障がい者手帳や書類の作成など手間の掛かる作業も多いため、負担軽減を求める声もあります。一方、障がい者の中には、勤め先に自身が障がい者だと申告していない人もおり、報告書作成の負担が軽減されることで企業は障がい者を雇用しやすくなり、障がい者側は企業に障がい者であることを申告しやすくなるのでは、ともいわれています。

<識者インタビュー>

〝雇用の質〟向上へカギ握る合理的配慮/埼玉県立大学・朝日雅也名誉教授

障がいのある人にとって働きがいのある就労環境を広げていくためには何が必要か。障がい者雇用の問題に詳しい埼玉県立大学の朝日雅也名誉教授に聞きました。

Q 障がい者雇用の現状をどう見ますか。

 視覚障がいをはじめ企業で働く障がいのある人は、昨年6月時点で61万人を超えました。就労数は年々、増加傾向にあり、コロナ禍や厳しい経済状況の中でも障がい者雇用は確実に進展していると思います。

 大きな要因の一つは、大企業の雇用が進んだことです。40年ほど前までは、障がい者雇用の中核的な担い手は中小・零細企業で、大企業はどちらかというと後ろ向きな印象がありました。その後、企業の社会的責任という観点から障がい者雇用への理解は大きく進み、従業員1000人以上の企業における雇用率は、現在、平均2.48%に上っています。これは、障害者雇用促進法に基づく法定雇用率(2.3%)を上回る水準です。

 一方、企業側は法定雇用率の達成をめざす中で、どうしても数の理論にとらわれがちですが、これからは〝雇用の質〟を高め、障がいのある人にとって働きがいのある就労機会を確保・拡充していくことが重要です。

Q 雇用の質を高めていくためには。

 その原動力こそが、職場における「合理的配慮」です。障がい者を雇用する際、企業には一人一人に対して合理的配慮を提供することが法律で義務付けられていますが、この概念について日本社会ではまだ十分に理解されていません。

 合理的配慮とは「平等」を基礎とし、障がいのある人が、障がいのない人と同じように、職場で自分の能力を発揮していくために必要な配慮のことです。

 従業員に力を発揮してほしいという企業側の思いと、障がいがあっても自分の力を生かして会社に貢献したいという当事者の気持ち。両者をつなぐ支援者の存在。これら3者が、しっかりと連携し、合理性のある議論をたどる中で、必要な配慮の形が見えてくるはずです。

工夫次第で障がいは強みに転換できる

Q 企業側の視点で参考になるエピソードは。

 私が以前、出会った山口県内にある特例子会社の社長は、「うちは2人で2人前の採用をしています」と話していました。1人で1人前の仕事をすることは難しくても、2人で協力し、互いの弱点を補い合いながら長所を生かして働くことで、2人2人前、つまり1人で1人前のパフォーマンスを発揮できるというのです。その社長は、働く人同士の組み合わせなど職場の環境づくりを工夫することで、障がいを強みに転換して働けることを教えてくれました。

 視覚障がいのある人が活躍する職場の好事例として、資生堂ジャパン株式会社の取り組みが広く知られています。同社では視覚障がい者の、相手の思いをくみ取る傾聴力が高く、言葉によるコミュニケーションが得意であるという強みに着目し、電話による販売店へのセールスといった通信営業の分野で力を発揮しているとのことです。

Q 働きがいのある就労をさらに広げていくためには。

 企業だけで抱え込まないことが大切です。全国に337カ所設置されている「障害者就業・生活支援センター」をはじめ、各地の支援機関に相談してほしいと思います。

 さらには、埼玉県には雇用開拓から職場への定着まで、企業の障がい者雇用を一貫して支援する「障害者雇用総合サポートセンター」という独自の仕組みがあります。こうした企業支援の仕組みづくりが、全国で進むことを願っています。

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