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女優・作家・歌手の中江有里さん
私にとって本は、頼りがいのある友のような存在でした。小学生の時に両親が離婚したことで転校しましたが、すでに出来上がった人間関係の中に転校生の私が溶け込むのは難しく、教室で一人、本を読んで過ごしていました。当時はフランスの作家エクトール・マロの『家なき子』などを読みました。海外の児童文学は、不幸な出来事に直面した子どもが成長していくというストーリーが多く、非常に感情移入しやすかったです。15歳で芸能界に入ってからも、同世代の子たちがライバルとなり、孤立することが多くありました。そんな時でも、本はずっと私のそばにいてくれて、支えになってくれました。
読書に傾倒していた私が大学時代に研究したのは、『いのちの初夜』などの作品を残した作家の北条民雄でした。彼はハンセン病を患っており、手足の変形を起こしたり、伝染しやすいと考えられていたこの病気を非常に恐れていました。治療法が確立された今となっては、人から人へうつりにくく、後遺症をほとんど残さずに治る病気として認識されていますが、当時は差別や偏見が横行し、北条も療養所での隔離生活を余儀なくされました。私は大学での研究をきっかけにハンセン病について学びましたが、こうした歴史上の不幸は〝無知〟によって呼び起こされることが多くあると実感しています。〝知らない〟ことは決して罪ではありませんが、知ることをやめてしまう姿勢は良くないことだと思います。他者の痛みや苦しみに思いが及ばない時こそ〝知る〟ことが力を発揮するのではないでしょうか。
これまで「言葉」によって自分が救われてきた経験から「本を書く人になりたい」「本の魅力を伝える仕事がしたい」という気持ちが芽生え、現在の活動につながっています。私は、それぞれの人が持つ固有のやりがいを自分の中に見つけることが、人生の目的の一つだと考えています。人間というのはどうしても外の世界に幸せを求めてしまいますが、本当に求めるべきことは自分の中にすでに備わっているものです。この固有のやりがいを見つけるためには、やはり本を読むことがヒントになると思います。読書というのは結局「出会い」です。作者や登場人物との出会いなど、読むことによって人生における邂逅が積み重ねられます。自分自身のことはよく分かっているつもりかもしれませんが、新たな出会いを通してこれまで知らなかった自分の一面が引き出されることがあります。そういった意味でも「他者」の存在は、とても大切です。
ここで、皆さんにお薦めしたい本を紹介します。批評家の若松英輔さんが書いた『光であることば』(小学館)です。この本にはトルストイ、吉田松陰、遠藤周作をはじめとする偉人48人が残した人生の指針となる名言が収録されています。それぞれに言葉の力が詰め込まれていて、多くの気付きを与えてくれました。まさに言葉による他者との出会いを生み出してくれる本です。
本の1冊ごとのターゲットは、テレビなど他のメディアに比べると非常に小さくなります。だからこそ、それぞれの人の心に深く刺さる本はきっとこの世にありますし、届くべき人に届けば本がその人にとっての支えになるでしょう。現代では読書バリアフリーが進み、点字図書や音声読み上げ対応の書籍などが普及し、障がいの有無に関わらず読書ができる環境が整いつつあります。この環境を最大限活用し、多くの人に素晴らしい読書体験をしていただけるように、これからも本の魅力を伝え続けていきます。皆さんが素敵な出会いに恵まれることを願って。